小学生の息子が教えてくれた「カレーの盛り付け」と「データベース正規化」の意外な共通点
なぜ、カレーのルーとご飯は混ぜてはいけないのか? 〜AI時代に求められる「分ける」美学〜
授業参観で、私だけが震えていた
先日、7歳になる息子の小学校で授業参観があった。
「この1年でできるようになったこと」を一人ずつ発表するという、微笑ましい会だ。まだ7歳の息子が緊張しながら発表をする姿に、父親としては目を細めるばかり――のはずだった。
だが、私の目が釘付けになったのは、その姿ではなかった。
発表のテーマが、カレーの盛り付けについてだったことだ。
彼はカレーを受け取ると、こう言った。
「ルーとご飯は、ちゃんと分けて、盛り付けます。ご飯粒が皿の周りにつかないように気をつけます」
他のお母さん方はその奇抜な発表内容にくすくすと笑っていた。(発表内容というよりも発表中に緊張のあまりフリーズしてしまったことも要因としてあったと思うが・・・)
しかし私だけが、笑えなかった。
「これは……もしやデータベースの正規化そのものではないか」
息子の盛り付けをしている映像が流れる中、ビジネスの鉄則を見出して戦慄する父親。
控えめに言って、だいぶ病んでいる。
親バカではない。職業病だ。
弁解させてほしい。
私は約10年間、IT・ビジネス系のコンサルタントとして企業のトランスフォーメーション支援に関わってきた人間だ。提案書を書き、プロジェクトを回し、データ基盤の設計から組織改革まで、ありとあらゆる「整えてください」という依頼を受けてきた。
その職業病が、息子のカレーの盛り付けに反応したのだ。
彼の行動をコンサル脳で翻訳すると、こうなる。
| 息子のカレー | データベースの世界 |
|---|---|
| ルーとご飯を分けて置く | テーブルを分割して正規化する |
| ご飯粒が皿の縁につかないようにする | ノイズデータ(汚れ)を除去する |
| ルーの量を自分で調節して食べる | クエリで必要なデータだけ取り出す |
……こうして並べてみると、もはやカレーの食べ方はデータ設計の入門書である。
息子よ、お前は天才かもしれない。
混ざったデータは「美味しくない」
冗談はさておき、ここからは真面目な話をしたい。
仕事柄、多くの企業のデジタル化やデータ活用の現場に関わってきたが、失敗するプロジェクトには共通点がある。
それは、「盛り付け」が汚いことだ。
ぐちゃ混ぜExcelの惨状
遠い昔、ある企業の人事評価システムの改善に関わったことがある。
そこでは、社員の評価データを Microsoft Forms で収集し、Excel にまとめて各管理職に共有するという運用をしていた。一見すると合理的に見えるこの仕組みには、致命的な欠陥があった。
社員データとプロジェクト評価データが、1つのシートにごちゃ混ぜになっていたのだ。
どういうことか。
Formsの入力画面では、評価者が「評価対象者」と「その人の上司」をプルダウンで自分で選ぶ仕組みになっていた。当然、選び間違いが発生する。結果として、Aさんの上司であるはずのBさんの元に、まったく別のチームのCさんの評価データが届く。
「これ、うちのメンバーじゃないんですけど……」
事務局とのチャットが何往復も続く。データの仕分けに、本来不要な工数が際限なく膨らんでいく。
これはカレーに例えるなら、ルーとご飯とサラダとデザートを全部ひとつの皿にぶち込んで、「はい、食べて」と差し出しているようなものだ。食べられなくはない。でも、美味しくはない。そして何より、一度混ぜたら元には戻せない。
「分ければ」一瞬で解決する
この問題の解決策は、実にシンプルだ。
データベースの考え方がある人なら理解できると思うが、「社員テーブル」と「プロジェクト評価テーブル」を分けて正規化し、システムとして実装する。それだけでいい。
【正規化前(ぐちゃ混ぜカレー)】
┌──────────────────────────────────────────────┐
│ 名前 │ 部署 │ 上司 │ PJ名 │ 評価 │ 期間 │
│ 田中 │ 営業 │ 鈴木 │ PJ-A │ A │ 1月 │
│ 田中 │ 営業 │ 鈴木 │ PJ-B │ B+ │ 2月 │ ← 同じ人の情報が重複
│ 佐藤 │ 開発 │ 山田 │ PJ-A │ A+ │ 1月 │
└──────────────────────────────────────────────┘
【正規化後(きれいに盛り付けたカレー)】
┌─── 社員テーブル ───┐ ┌─── 評価テーブル ──────┐
│ ID │ 名前 │ 部署 │ │ 社員ID │ PJ名 │ 評価 │
│ 01 │ 田中 │ 営業 │ │ 01 │ PJ-A │ A │
│ 02 │ 佐藤 │ 開発 │ │ 01 │ PJ-B │ B+ │
└────────────────────┘ │ 02 │ PJ-A │ A+ │
└────────────────────────┘
ルー(評価データ)とご飯(社員データ)を別々の器に盛る。食べるときに、自分が欲しい分だけスプーンですくう。それだけで、データの取り違いは構造的に発生しなくなる。
「神は細部に宿る」という言葉がある。
まさにその通りだ。入力の段階で「混ぜるな、分けろ」というルールを徹底しなければ、後工程ですべてが台無しになる。
逆に言えば、最初の「盛り付け」さえ美しければ、後は何とでもなる。
AI時代の「作法」
さて、ここまで読んでくださった方の中には、「面白い話だけど、自分にはあんまり関係ないかな」と思っている方もいるかもしれない。
だが、断言する。これは、すべてのビジネスパーソンに関係がある話だ。
AIは「盛り付け」で味が変わる
近年、ChatGPTやClaude、Geminiなど、生成AIの進化は目覚ましい。多くの企業が「AIでデータ分析を」「AIで業務効率化を」と意気込んでいる。
しかし、ここで見落とされがちな事実がある。
AIがどれだけ優秀でも、食べさせるデータがぐちゃぐちゃなら、出てくる答えもぐちゃぐちゃだ。
これは情報科学の世界で古くから言われている鉄則、「Garbage In, Garbage Out(ゴミを入れればゴミが出る)」そのものだ。
私がこれまで見てきた現場でも、「システムを導入したのに成果が出ない」という相談の大半は、システム自体の問題ではなく、システムに食べさせるデータの「盛り付け」が汚いことが原因だった。
これはAIでも同様だ。ぐちゃぐちゃに混ぜたカレーをAIというスプーンですくっても、ルーだけ、ご飯だけを取り出すことはできない。データを構造化してAIに食わせてインサイトを出す――この一見シンプルな工程こそが、トランスフォーメーション=企業改革の成否を分ける最初の一歩なのだ。
「混ぜる人」と「分ける人」
AI時代において、人間に求められる最も重要なスキルは何か。
私は「分ける力」だと考えている。
AIが得意なのは、「与えられた構造の中で最適解を出す」ことだ。パターン認識、分類、予測――すべて「すでに分けられたデータ」があって初めて機能する。
では、「何を」「どう」分けるかを設計するのは誰か?
それは、人間だ。
プロンプトの書き方ひとつとっても、「分ける力」は如実に表れる。「何か面白いことを教えて」と聞くのと、「30代のビジネスパーソンが週末に読める、データ活用に関する書籍を3冊、選定理由つきで教えて」と聞くのとでは、返ってくる答えの精度がまるで違う。
問いを「分けられる」人だけが、AIを使いこなせる。
これからの時代、AIに仕事を奪われるのは「何でもかんでも混ぜてしまう人」であり、生き残るのは「美しく分けられる人」だ。
おわりに ― 凝り性は、遺伝する
私は思う。
「分ける」とは、物事の本質を見極める力だ。
カレーの盛り付けも、データベースの設計も、AIへのプロンプトも、すべての起点は「何と何を分けるべきか」を考えるところにある。
私自身、コンサルタントとして約10年間、企業の課題を「分けて」「構造化して」「優先順位をつける」ことを生業にしてきた。その原体験が、まさか息子のカレーの盛り付けに関する生活発表リンクするとは。
息子の成長に目を細めつつ、クライアントのビジネスというお皿の上を、美しく整えていかなければならないと決意を新たにした。
どうやら、凝り性な性格はDNAレベルで遺伝してしまったようだ。
――次の授業参観では、息子が第三正規形まで到達していないことを祈る。
この記事を書いた人:元トヨタ、現コンサルタント。「神は細部に宿る」を信条に、カレーは断固として混ぜない派。

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